【不登校とスマホ依存】脳が「中毒」になる前に。HSC娘と考えるネットとの付き合い方

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このブログを書いてる人 🏝️✨

北海道から石垣島へ、娘と二人で移住してきました! 離婚を経て、誰も知り合いがいない新天地へ。旅行で何度も訪れて、親子で「ここだ!」と惚れ込んだ大好きな島での暮らしを楽しんでいます 🌊🌴

私自身のひそかな個性: 私もかなりの繊細さん(HSP)ですが、実は「刺激を求める」HSS型の気質も持っています 🏃‍♀️💨 さらに、人の顔を覚えるのがちょっぴり苦手な「相貌失認」という性質も。島の方々の温かさに助けられながら、自分たちらしく生きています ☀️

現在の娘(小4)のこと: 強度のHSC(ひといちばい繊細な子)な娘は、今「心の充電期間」として不登校を選んでいます 💤

娘をコントロールしようとする「理想の母」を卒業して、親子で自然体に生きる道を模索中。五感が鋭い娘とのドタバタな日常や、親としての葛藤、そして石垣島の豊かな自然に癒やされる日々を、飾らずありのままに綴っています 📝🐈

「一歩進んで、二歩下がる」そんな毎日を、一緒に歩んでいけたら嬉しいです 🌈

■石垣島の穏やかな日常の裏で

昨日は8時半に起き、クッキーを作ったり海へ行ったりと、穏やかな時間を過ごした娘。 でも、その傍らには常に「ネット環境」があります。今の彼女は、自由に動画を見られる状態。私は今、この環境について深く考えています。

■「中毒」という言葉の重み

大人でも、一日の大半を情報の垂れ流しに費やし、機嫌を損ねている人をよく見かけます。 YouTubeなどの刺激でドーパミンが大量に出続け、スマホがないと心が枯渇してしまう。これは砂糖やアルコール、ギャンブルと同じ中毒の原理だと私は思っています。

不登校になりたての頃、無理やりスマホを取り上げたりWi-Fiを切ったりしたことがありました。その時の娘の抵抗は、いままでの娘とは少し違いました。 「依存」の力は、人間を変えてしまうのではないかと恐怖を感じました。

■どうせ依存するなら「いいもの」に

人は、何かに依存せずには生きられない生き物なのかもしれません。 でも、それなら。 自分の体や心をボロボロにするものではなく、できるだけ自分を豊かにしてくれるものに依存してほしい。

昨日クッキーを作っていると、いつもはめんどくさがって、ちょっと手伝ってくれるくらいですが、昨日は、いつも失敗してしまうクッキーを絶対サクサクに作ってやる!と私が意気込んでいたせいか、娘もやる気になったようで、バターを練って砂糖をこぼしながらも、いいよいいよいっぱいこぼしなと言いながら笑っていると、楽しいと言っていました。うちにはオーブンもトースターもないので、ガスコンロのグリルで焼くんですが、引っ越してきて何回も挑戦して、昨日やっとおいしいクッキーが焼けました!結局クッキーも砂糖の中毒になってしまうのですが、バランスが大切ですね。

石垣島の美しい海、手作りのクッキーの香り、これから始めるテニスの心地よい疲れ。 デジタルな刺激ではない「本物の心地よさ」を、どうすれば彼女の脳に再学習させてあげられるか。

■今日の予定:親子会議

今日は日曜日。特に予定はありません。 無理にスマホを奪うのではなく、なぜお母さんがこれほど心配しているのか。 「脳の仕組み」や「心の機嫌」の話を、彼女の心に届く言葉で、少しずつ話し合ってみたいと思います。

「一歩進んで、二歩下がる」 その「二歩下がる」原因がネットにあるのなら、そこを二人で乗り越えることが、本当の意味での「再起動」になる気がしています。

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