家事を手放す、距離を置く。娘の「貢献感」を呼び覚ますための余白づくり

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このブログを書いてる人 🏝️✨

北海道から石垣島へ、娘と二人で移住してきました! 離婚を経て、誰も知り合いがいない新天地へ。旅行で何度も訪れて、親子で「ここだ!」と惚れ込んだ大好きな島での暮らしを楽しんでいます 🌊🌴

私自身のひそかな個性: 私もかなりの繊細さん(HSP)ですが、実は「刺激を求める」HSS型の気質も持っています 🏃‍♀️💨 さらに、人の顔を覚えるのがちょっぴり苦手な「相貌失認」という性質も。島の方々の温かさに助けられながら、自分たちらしく生きています ☀️

現在の娘(小4)のこと: 強度のHSC(ひといちばい繊細な子)な娘は、今「心の充電期間」として不登校を選んでいます 💤

娘をコントロールしようとする「理想の母」を卒業して、親子で自然体に生きる道を模索中。五感が鋭い娘とのドタバタな日常や、親としての葛藤、そして石垣島の豊かな自然に癒やされる日々を、飾らずありのままに綴っています 📝🐈

「一歩進んで、二歩下がる」そんな毎日を、一緒に歩んでいけたら嬉しいです 🌈

■洗車中に感じた、小さなイライラ

昨日は仕事の合間に洗車をしました。 車内で動画に没頭する娘を横目に、一人で作業をしていると、ふと「手伝ってよ!」とイラ立ちが込み上げてきました。 承認欲求を手放した彼女は、同時に「誰かの役に立つ喜び(貢献感)」の使い方も、どこかに置き忘れてしまったのでしょうか。

■私の「期待」という正体

なぜ私はイライラしてしまったのか。 内面を深掘りしてみると、そこには新学期への「淡い期待」がありました。 「もしかしたら、5年生になったらもっと学校へ……」 そんな期待が、いつも通り「体育だけ」という現実に直面し、焦りとなって、洗車という些細な場面で溢れ出してしまったのです。 がっかりしている自分を認めるのは苦しいけれど、それが今の私の正直な現在地でした。

■「お母さんが全部やる」を手放していく

仕事仲間との会話で、ハッとさせられました。 「お母さんがご飯を作るのが当たり前、なんて決まりはないよ」 その言葉に、私は娘に手を貸しすぎていたのかもしれないと気づきました。 物理的に私が全部やってあげられてしまうからこそ、彼女が「自分の役割」を見つける余白を奪っていたのかもしれません。

■計算ではなく、信頼を置く

どうすれば彼女が協力してくれるか、と計算するのは、どこか相手をコントロールしようとする「縦の関係」です。 そうではなく、「私はこれが大変だから、助けてくれると嬉しい」と素直に伝える。 そして、彼女が動かないなら、その結果(不便さ)を彼女自身が引き受ける。 少しずつ、家事という「生活の課題」を彼女に手渡していく勇気を持ちたいと思います。

■今日の身体測定、それぞれの道

今日は身体測定。 行く時は一緒だけれど、帰りは一人で。 5年生の彼女が、どんな表情で学校の門をくぐり、どんな足取りで家まで帰ってくるのか。 私は私の仕事へ。彼女は彼女の挑戦へ。 適度な距離感を保ちながら、今日という一日を大切に過ごしたいと思います。


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